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人を動かす 新装版
人を動かす 新装版 (JUGEMレビュー »)
デール カーネギー,Dale Carnegie,山口 博
子供の時から目立ちたがりやで、
人の気持ちを慮る力の無かった僕が、
本当にいままで、一体どれだけの
人や物を失い、多くの機会を
失ってきたのだろうと読了後に
大変なショックを受けました。

過去を後悔するのは嫌いです。
でも、その分だけ成長出来た
のだと思います。
だから、この本に出会えて
よかったと思います。

これからも、何度も読み直して、
日々の行動で実践できるように
心がけていきたいと思います。

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パートナーシップ・マネジメント
パートナーシップ・マネジメント (JUGEMレビュー »)
橋口 寛
Trust Based Partnership
それは、共通の価値観を有すること。
言葉では表現しきれない、時には言葉が不要ですらある感覚。

著者は見事に書ききっています。

想い・価値観を共有(シェア)した人と人は強い。
(本文中ではその結びつきを紐帯と表現されていす。)

他人は他人でなく、全てが自己そのものとなる。
例えば5名のパートナーと一緒に仕事をするということは、
5名の鏡に映る自分自身とともに仕事をするということと同じなのだと
この本で気づきました。

信頼関係に基づいたパートナーシップによってもたらされる本当に楽しく、
わくわくして、いきいきと毎日を過ごす毎日、
そんな未来が目に浮かぶようです。

素晴らしい本ですのでぜひ一人でも多くの人に読んで頂き、
著者の想いを感じてもらいたいです。
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道具としてのファイナンス
道具としてのファイナンス (JUGEMレビュー »)
石野 雄一
石野さんが日産自動車で
カルロス・ゴーン氏の下で日産リバイバルプランを
財務戦略の面から支え、
その経験も多くかかれています。
どんな言葉も、それがその人独自の
体験や経験の元にかかれたものでないと、
そこに心を揺さぶるものや、記憶に残るものは
無いのだと思います。

この本は、まさにわれわれが体験し得ない経験を
元にかかれています。

必ず、価格に対して破格の価値の
ある本だと思います。
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三輪山へのアースダイブ
少し古いが群像10月号で甲州のアースダイブが投稿されている。

その中で、奈良の大三輪山(以前ソウルトラベル実施)も取り上げられている。

生の象徴として、大和王朝と三輪族との宮殿。
そして三輪山の後背地、水源に広がる死者の埋葬地帯。

中沢氏のダイブをまとめるとこうなる。(RSSリーダによっては画像が表示されません)

三輪山

三輪族が信仰していた水の神白蛇。
蛇は脱皮をすることから、生と死を繰り返す再生の象徴であり超自然的の神であった。

人は死ぬと暗い死者の世界へと行くが、再び新しい生命となって生まれてくる、そして三輪山は蛇体そのものと考えられており、生と死の交換をつかさどるところだと古代人(三輪族)は考えていた。

三輪山の後背地の一角に祭られている十一面観音(長谷寺)は水源地や水利のよいところに設置される観音様であり、水源地や水利を守る神は蛇が祭られていたため蛇神が変化したものと考えられる。
仏教はシャーマニズム的なものと野生の思考をうまく統合した対称的な思考であるためであるが詳細は割愛する。

三輪山は非常に美しい山だが、背後には恐ろしい力を有した蛇の神を暗い谷に背負っており、その超自然的な生命力をもって里の暮らしに安定と豊かさを与えていると考えられていた。

牡丹が満開になることから、長谷寺は古くから花の御寺と呼ばれ、源氏物語でも出てくるが、このような古代人の野生の思考の息遣いを感じることができる場所である。

大三輪大社の参拝と長谷寺とを併せて行うという奈良の旅もよいと思う。

群像 2008年 10月号 [雑誌]
群像 2008年 10月号 [雑誌]

| 奈良 | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
奈良ソウルトラベル DAY2-4  花窟神社
東京組は名古屋経由で東京へ帰るため一直線で松阪に向かう予定が、途中で花窟神社の前を通りがかったので寄ることとなる。

花窟神社

花窟神社はイザナミ(伊弉冊尊)とカグツチ(軻遇突智尊)を祀っています。

日本書紀には、イザナミはカグツチ(火の神)の出産時に陰部を焼かれて死に、「紀伊国の熊野の有馬村」に埋葬され以来近隣の住人たちは、季節の花を供えて伊弉冊尊を祭ったと記されています。
それがこの場所だといわれています。

石壁は高さ45mはイザナミを象徴し、前の自然岩はカグツチを意味するといわれます。

花窟神社

皆で参拝。

東京から来て1泊2日で、縦長な奈良を縦断し、さらに取って返すというとんでもない距離を移動するタフなソウルトラベルとなりました。

しかし、非常に濃く充実した旅となりました。

三輪・熊野ソウルトラベル

ドッキーさんからは様々なことを教えてもらいました。
教わったことは今後の行動に活かします。

ドッキーさん、参加されたみなさま、心を込めてどうもありがとうございます。

素敵なソウルトラベルでした。感謝。
| 奈良 | 01:11 | comments(0) | trackbacks(0) |
奈良ソウルトラベル DAY2-3  神倉神社ゴトビキ岩
熊野速玉大社の飛地境内摂社である神倉神社へ。
東征の際に登った天磐盾(あめのいわたて)の山ともいわれ、神倉山は古代より熊野の祭礼場として神聖視され、熊野の根本であるといわれています。


『熊野神社縁起』において、熊野三所大神が最初に地上界へ降臨した所。

神倉神社

正面には猿田彦神社&神倉三宝荒神社がある。

猿田彦(サルタヒコ)は、高天原から地上に降る天孫瓊々杵尊(ニニギノミコト)を降臨地・日向高千穂まで導いた国津神。

容貌は異様で、『日本書紀』にはこう書かれている。

鼻の長さ七咫(およそ85cm)、背の高さ七尺(およそ210cm)余り。まさに七尋というべきである。また口の端は明るく光っている。眼は八咫鏡(やたのかがみ)のようで、照り輝いていることは赤酸漿(あかほおずき)に似ている


古代は人の往来が激しいとされ、一説によるとイスラエルから来たユダヤ人とも言われる。その風貌が天狗伝説となっていく。


神倉神社の御祭神は高倉下命(タカクラジ)。
古事記において、高倉下命が霊夢の告げにより神々から霊剣布都御魂を授かった所とされているためである。(日本書紀において、は神日本磐余彦が神々から神剣を授かった場所)

神武は霊剣布都御魂を得て熊野・大和を平定することになります。

その後の神武の治世にあっては、物部氏の祖と言われる宇摩志麻治命(うましまじのみこと)が宮中で布都御魂を祭ったが、崇神天皇の代に至ると、同じく物部氏の伊香色雄命(いかがしこおのみこと)の手によって石上神宮に移され、御神体となる。

山上へは、源頼朝が寄進したと伝えられる、急勾配の鎌倉積み石段538段を登って巨石ゴトビキ岩に向かう。

鎌倉積み

ゴトビキ岩

ゴトビキ岩の裾下から、弥生時代後期の銅鐸、中世の経塚祭祀遺構などが出土しており、古代から祭祀が行われていた場所。

ここで参拝。

階段を下りて、一路松阪へ。

続く

| 奈良 | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
奈良ソウルトラベル DAY2-2 熊野本宮大社大斎原-那智の滝
玉置山を後にし、一路熊野本宮大社へ。
働きをつかさどる八咫烏がそこかしこに。

八咫烏

大社ではなく、中州にある大斎原(おおゆのはら)(旧社地)の小さな祠に向かい参拝。

祠

中州にあるため1889年(明治22年)の氾濫により流されてしまい、本殿は現在は山の上に移動しています。

中州なのに木々が茂る不思議な空間。

大斎原

本日は強行軍であるため、本殿には寄らずにバスにのり、那智の滝へ移動。

滝は前日の朝雨が降ったからかすごい水量。

那智の滝

熊野那智大社別宮飛瀧(ひろう)神社から滝に参拝。

熊野那智大社別宮飛瀧神社

昨日の三輪山登山が早速効いてきて、階段の登り下りでふくろはぎに乳酸が溜まる。

熊野那智大社にはよらず、バスに乗り込み、次は神倉神社へ向かう。
バスの車中でランチ。

続く




| 奈良 | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
奈良ソウルトラベル DAY2-1 玉置神社
2日目は朝7時に出発し、玉置神社へ。

険しい山に分け入っていく。
奈良の人ですら、ほとんど行かない人里はなれた熊野三山奥の宮。

玉置神社

大峰山系の霊山の一つである玉置山の頂上に位置し、死の香りが漂う厳しく険阻なルートである大峯奥駈道にあたります。

国之常立神を祀っている神社であり、崇神天皇によって紀元前37年に王城火防鎮護と悪魔退散のため創建されたといわれています。(玉置山縁起では、神武東征のおり、熊野から上陸し、八咫烏の力を得て大和を目指しますが、玉置山に立ち寄り、安全祈願と武運を祈願し、十種の神宝を奉じたともいわれる。)

韓半島から杉を持ち込み植林したことから木の国(紀の国)といわれるが、その樹齢2000〜3000年とも言われる杉の巨木群の圧倒的な迫り方に目を奪われる。

ご神木

そもそもここに2000年以上も前に神社を作ったという事実だけで畏怖心を覚える。

杉

玉石社の要石に参拝。
顔をのぞかせている部分は小さいが、どこまで深く大きい石だと言われているご神体。神武はこの石に十種の神宝を置いて祈ったとも言われる。

玉石社

玉石社

白山社(乳岩)によって戻る。

乳岩

ひんやりしているが、陽が立ち上り緑が美しい。

陽がのぼる

緑

山々が連なり非常にすがすがしい。

玉置山より見渡す

ここから、熊野本宮大社大斎原へ移動する。

続く
| 奈良 | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
奈良ソウルトラベル DAY1 三輪大社-石上神社
ドッキーさんたちと奈良のフィールドワークに参加しました。

お昼に三輪大社に参拝し、そのまま三輪山へ向かう。

三輪大社(大神神社)は、大物主大神(おおものぬしのおおかみ)を祀っています。ここは本殿を有さず、拝殿から三輪山そのものを仰ぎ見て拝む源神道の香りを残しています。大物主神は白蛇であり、卵が奉納されています。

大神神社

崇神天皇の時、この大殿に併せ祀られていた天照大御神と大物主が共にいることが原因で国が荒れていると考えられ、天照大御神はいくつかの変遷を経て伊勢神宮へと祀られることになります。

三輪山は、太古より神宿る山とされ、三輪山そのものが神体であるため、長い間禁足の山とされ、江戸時代には幕府より厳しい政令が設けられ、入山出来ませんでした。

現在では、許可を得れば入山可能ですが、山では、飲食、喫煙、写真撮影の一切が禁止されています。

山ですれ違う人の中には、神体ということで、裸足で登る方も。
もう山のぼりで辺津磐座、中津磐座、奥津磐座とめぐると往復2時間余。
素晴らしい山でした。

その後、石上神宮(いそのかみじんぐう)へ。
日本書記に記された神宮は、石上神宮と伊勢神宮のみであり、日本最古の神社といわれる。物部氏の祖神である饒速日命が伝えたとされる十種の神宝(とくさのかんだから)の霊威が宿るとされている。

(先代旧事本記に、饒速日命についていくつかかかれています。先代旧事本記は序が後から付け足され整合性がないので、江戸時代ごろから偽書とされてきましたが、内容的には興味深い部分が多いです。
また別途紹介します)


石上神社

布都御魂大神を主祭神としています。(神体である布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)に宿る神霊)

布都御魂剣は神武東征の折り、長髄彦尊(ナガスネヒコ)誅伐に失敗し、熊野山中で危機に陥った時、高天原から神武天皇に下ろされた劔です。現在、鹿島神宮にも伝わっています。

石上神社への参拝をすませた後、バスで一路山道をひたすらゆき十津川温泉ホテル昴へ。

食事の後、ドッキーさんの講義。
非常に興味深い!!

お風呂の後、未来についてロビーにて語る。

翌日へつづく。

| 奈良 | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
東大寺法華堂への散歩と白楽天
暑い日々が続きますが、奈良公園から春日大社に続く参道に一歩足を踏み入れるとひんやりとしていて気持ちがよい。

途中の道中にて、ふと見渡すと森の神々が出遊していうように感じます。

春日大社参道

春日大社参道

少し春日大社周りを散歩をして若草山麓にある法華堂(三月堂)へ。
法華堂は外観が非常に美しく好きな場所。

東大寺に残る数少ない奈良時代建築であり、内部は天平仏の宝庫。
法華堂は東大寺の前身となった寺院である金鐘寺の羂索堂がその起源であり、天平15年(743年)には完成していたと言われていますが、その外観の美しさは群を抜くと思います。
その本尊は、頭に頂く宝冠に水晶に翡翠、真珠、琥珀など2万数千を数える不空羂索(ふくうけんじゃく)観音像。

非常に美しい。
額には第3の目をもち、8本の腕をもつ三眼八臂の観音像です。
当時の最高傑作であったことは間違いないと確信できるような、文字通りほのかに「にほふ」ように色づくまだらにのこる金の色。
そして、天井の精巧な美しさ。

不空羂索観音像

奈良の素晴らしさは、春日大社と東大寺の共存にあると思います。
天つ神と国つ神が今も共に息づいています。

森に潜む八百万の神々と、国を纏め上げる為に大陸から輸入されたインド起源の神々が邂逅する場。


帰り道に東大寺の大仏殿の横を抜ける。

東大寺大仏殿は、今でこそ窮屈なつくりになっていますが、もともとは、正面の柱は現在の8本ではなくて、12本あり、大仏の開眼供養の際は、正面の大きさは現在のほぼ倍はありました。

開眼供養の際は、濃密な色とりどりの衣を着飾った天平人が大地をうずめたのでしょう。当時中門の外側の左右には、320尺(約97m)もの塔が建築中であり、今からは想像が追いつかない壮大な一大伽藍であり、開眼の式、講読に続いて、天の岩戸の物語と結びついた五節舞。そして久米舞、楯伏舞、踏歌などが次々と披露されたことでしょう。
(詳細は現在では不明ですが、貞観3年(861年)に大仏の頭が地に堕ちたのを修繕した時に開かれた最初の供養から100年後の開眼供養の様子は「開眼供養記」に精しく記されています)

奈良の素晴らしいところは、新幹線が通らなかったことから、極度の観光地化が避けられ、極度の近代化からは取り残されているところだと思います。

天平の伝統の舞や楽を舞台装置とともに現在にどんな楽と舞が繰り広げられたかを再現できたらどんなに素晴らしいことでしょう。

最初の大仏開眼供養から、約100年後の開眼供養の間に、日本には、白楽天(白居易)の漢詩(白氏文集)が海を渡って伝えられます。その後、日本における白楽天人気はビートルズのようなものであり、対して日本の漢詩界を代表するのは菅原道真とその孫菅原文時。(ちなみに、私は菅原道真の生まれた喜光寺の直ぐ近くに住んでいましたが、引っ越した現在もすぐ近くに住んでいて産湯をとったといわれる所を日々通っています

白楽天はもともと風刺(風諭詩)をたくさん書いていましたが、存命中には、白氏文集が日本に伝わっています。
日本人に好まれて読まれたのは恋愛ものや晩年の日々の生活を綴った詩(閑適詩・感傷詩)でした。白楽天自身も日本での評判を聞いていたとされています。

特に、楊貴妃にまつわる「長恨歌」という詩は、日本の文化世界に一大センセーションを巻き起こします。それが、後年に紫式部にも読まれ紫式部日記によると上東門院彰子に白氏文集を教授しています。
特に、「長恨歌」は『源氏物語』に多大な影響を与えていてそれがみてとれます。

源氏物語と白楽天
源氏物語と白楽天
中西 進

初夏の太陽の光と熱が、燦燦と、仏教という哲学思想が神道の聖地である春日山麓におりった場所にふり注いでいて、中国と日本の文化や哲学が合流し、ケミストリーを巻き起こした日々にタイムタイムトリップしたような昼下がりのお散歩でした。

| 奈良 | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
「平城遷都1300年祭」のマスコットキャラクター
710年の平城京遷都から2010年で1300年になります。
奈良では、平城宮跡で大極殿の再現などの事業が進められています。

このたび、遷都1300年祭マスコットキャラクターが発表されました。
電通が東京芸大の籔内佐斗司教授に依頼したものです。

平城遷都1300年祭マスコットキャラクター

籔内教授のHPには、みんなから苦情や非難が殺到しているそうです。

僕は個人的には可愛い気もするのですが・・。

本日は、松岡正剛氏が奈良で講演 「平城宮跡が持つ意義と未来像」を話されています。
申し込んでいたのですが、会社の新人採用で出勤で残念ながらいけませんでした。
残念。。

いずれにせよ、奈良はこれから盛り上がるはず?です^^
皆様奈良は春日大社・法隆寺を始め日本人の心の沃野が広がっています。

ぜひお越し下さい!(案内します〜!)


| 奈良 | 17:43 | comments(8) | trackbacks(0) |
秋の大和路
昨日は天気がとてもよく、大和路を25kmを2時間10分で走りました。
知らない道を走ってみたので、時間が長く感じました。
道にも迷うし^^

1時間で両足の土踏まずに違和感を感じて、石かなぁと思ったら水ぶくれ。
もう少し走ったら足の親指内側に水ぶくれ。

う〜ん、靴下かなぁ。走り方かなぁ。
途中でつぶして走りましたが、本番が心配。

やはり20kmを超えるとかなり筋肉がだるかったですが、今回は1度給水休憩10分とっただけで、最後まで走れました。

ただ、あと15kmとか走ろうとなると・・しんどいです。
もっとペースを落としてじっくり走ったほうがいいのかも。

LSD 奈良 25km

唐招提寺はちょうど金堂見学会でしたので、すごい人ごみでした。
そこをかき分けて走りました。
これからの時期、京都、奈良は観光客で賑わいます。

奈良はハード(建物)はすごくよいのですが、ソフトがまだまだです。
ちょっと水を引き込んだオシャレなお茶屋や、気の利いた小料理屋、地場を活かした旅館・ホテルなどもっと工夫をすれば観光客が増えると思うのですが。

まだまだ奈良は努力が足りません。
素晴らしい所なのに。

また、正倉院展は相変わらずの人・人・人。
正倉院もいいけど、他にもいいところたくさんあるよ〜。

さて、ホノルルに参加するメンバーがフルマラソン完走などちゃくちゃくと皆さん準備されていて刺激を受けています。

エントリーやツアーの料金払い込みなどじょじょに気持ちが高ぶってきました。


PS.
平城京遷都1300年を記念して大極殿の復元が進められています。
この週末に、見学会があったので行ってきました。
やはり、極彩色でぴかぴかな建物も往時の人々が見上げたのだと思うと感慨深いです。
今回は一番上まで上って手に触れられるくらいの距離で見学できました。

大極殿

曲線が力強く非常に美しい。
ここからだと遠く朱雀門が見えます。
朱雀大路には人で賑わっていたのだと思うと、一気に過去に妄想が飛躍します。

PS2.
もうすっかり秋です。
空はどこまでも広がるいわし雲。
平城京跡も、すすきが咲き乱れています。

遠く朱雀門を望む

PS3.
ちょうど、ホノルルの頃にスペイン出張がはいりそうで、普段ならム〜チョ嬉しいのですが今回はなんとかしないといけないです。

| 奈良 | 23:59 | comments(2) | trackbacks(0) |
佐紀路、佐保路を駆け抜ける
LSD 奈良 30km
※Google mapから作成

非常に天気がよく、またホノルルまで1ヶ月強ということで、昔でいう平城京の中をぐるぐる走り回る3時間LSDに挑戦しました。
平城京を支えた、二本の川、秋篠川と佐保川を活用したコースにしました。


ぽかぽかして非常によい天気です。
13:30ごろ家を出発し近鉄にそって南下します。

垂仁天皇陵を1km5分強で通過。
ついこないだまでは、稲刈り後のモミを燃やした匂いが立ち込めていましたが、もうないようです。
めっきりススキが一面に広がります。


観光客で賑わう唐招提寺、薬師寺を通り抜けて、秋篠川沿いの自転車道路へ。
川沿いは、小さな虫がぶんぶん発生中。

金魚の養育槽をみながら、平城京西の市場の船着場跡でUターン。
秋篠川沿いを遠く薬師寺の誠に美しい東塔、西塔をみつつを北上開始。


バイパスを抜けて、阪奈道路、近鉄奈良線を横切って平城宮跡へ。
平城遷都1300年記念事業にむけて、再現を目指す大極殿を横切り北に曲がる。

お子様集団(遠足?)とすれ違うが、皆さん元気よく挨拶をしてくれたお陰で元気が回復。


汗だくで走っていたのですが、磐之姫命陵の木陰はひんやり。
古の雰囲気が立ち込めます。


ここまでで、1時間12km。


その後、宇和奈辺稜を周り、小奈辺稜を横切って、一条高校方面へ。
24号線を横切って、佐保川沿いを奈良中央部へ。
ここで、走りながらポカリスエット500mlを飲む。
走りながらは鼻にはいったり、手がべとべとになる。

サークル時代によく来た奈良女子大学の前を通過し、奈良市役所をぐるっと回る。
東大寺か奈良公園の方へ行くか迷いましたが、正倉院展のためすごい人だったので断念。


佐保川沿いを引き返す。
帰りは少し南側をはしって、一条高校に戻って、小奈辺稜、宇和奈辺稜を通過。
ひんやりして、気持ちがよいので、磐之姫命陵の周辺をぐるぐるする。

ここで、2時間21km。

しかし、二股ソックスをはいていたため、右足の人差し指内側に水ぶくれができていました。爪でつぶす。

20kmを超えて走るのは初体験。

既に、足の特に内腿がしびれています。
また、なぜか、左腕が非常にだるい。

ポカリスエット500mlを補給、10分ほど休憩。

ここから、平城宮跡をぐるっと回る。
さすがに足が腕立てを何回もした腕のような感じとなって、ついに何度か歩いてしまう。


近鉄を超え、大和西大寺の方に抜けて、阪奈道路へゆったりと向かう。


結局、2時間50分で31kmを走りました。
あと10分走元気なし。


もう、膝は痛いし、全身脱力でした。


ペース速いのでしょうか?
最後は休憩したり、歩いたりでしたので、あと12kmも走れる気が全然しませんでした・・・。

足の脛の筋肉が痛い。

う〜む。

とはいえ、天気もよく、気持ちよく走れました。
3時間もあると、小林秀雄や茂木健一郎の講演をシャッフルで何度か聞けました。


先月号からランナーズを買い始めたので、今後は疲労をためずにフルマラソンに向けたトレーニングの参考にします。

さて、あともう少し。
仕事や出張、飲み会などを調整しながら、怪我しないように顔晴ろうと思います。
| 奈良 | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) |